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量子鍵配送(QKD)とは?BB84プロトコルと耐量子暗号(PQC)との違い

2026-08-28入門

#量子コンピュータ#量子暗号#QKD#入門

「量子コンピュータが実用化されると、今の暗号が破られる」という話とセットでよく登場するのが「量子鍵配送(QKD)」です。ただしQKDは、量子コンピュータの計算力とは別物の技術で、むしろ「盗聴を検知できる通信」を実現するための量子力学の応用です。この記事では、QKDの代表的な方式であるBB84プロトコルのしくみ、よく混同される耐量子暗号(PQC)との違い、そして東芝や中国などの実用化事例と限界を、予備知識ゼロからやさしく解説します。

この記事で分かること

  • 量子鍵配送(QKD)は、光子の量子力学的な性質を使って『盗聴されたら必ず気づける』形で暗号の鍵を共有する技術であること
  • QKDと耐量子暗号(PQC)は、どちらも『量子時代の暗号対策』だが、しくみも守れる範囲もまったく違うこと
  • 東芝や中国の衛星「墨子号」などで実証・実用化が進む一方、伝送距離とコストという2つの大きな壁が残っていること

対象読者:量子鍵配送(QKD)について予備知識ゼロの方

執筆:ゆるふわ量子編集部 最終更新日:2026年8月28日

量子鍵配送(QKD)とは何か

量子鍵配送(QKD)Quantum Key Distribution

光子(光の粒)1個1個に情報を乗せて、暗号を解くための「鍵」を送信者と受信者の間で共有する技術。盗聴者が光子の状態をこっそり読み取ろうとすると、量子力学の性質によってその光子の状態が変化してしまうため、盗聴の痕跡が通信のエラー率という形で必ず残る。

QKDが守っているのは「通信データ(暗号文)そのもの」ではなく、「暗号を解くための鍵」です。実際の通信内容は、これまで通り普通の回線で送っても構いません。鍵さえ安全に共有できれば、通信全体の安全性が保証される、という発想がベースにあります。(量子通信全体の位置づけについては量子通信・量子インターネットとは?でも解説しています)

BB84プロトコルの流れ

QKDの元祖であり、いまも代表的な方式であり続けているのが、1984年にBennettとBrassardが考案した「BB84プロトコル」です。

BB84プロトコルの基本ステップ

🎲

①基底とビットをランダムに選ぶ

送信者が、2種類の測定基底のどちらかをランダムに選び、0/1のビットを光子に乗せる

📡

②光子を送信

選んだ基底で符号化した光子を、量子チャネル(光ファイバーや自由空間)経由で送る

🔍

③受信者も基底をランダムに選び測定

受信者も2種類の基底のどちらかをランダムに選んで、届いた光子を測定する

🗣️

④基底だけを公開チャネルで照合

使った基底(種類)だけを普通の回線で公開し、一致した部分を探す。ビットの値そのものは明かさない

🚨

⑤誤り率を検査して鍵を確定

基底が一致した部分の一部を比較してエラー率を確認。想定より高ければ盗聴ありと判断し鍵を破棄する

ポイントは、基底が2種類あることです。盗聴者は光子が送られてくる前に「送信者がどちらの基底を使うか」を知ることができません。間違った基底で測定してしまうと量子状態が乱れてしまい、後から正しい基底で測定し直すこともできません(量子複製不可能定理により、状態をこっそりコピーして保存しておくこともできないため)。この「測定すると壊れる」という性質こそが、BB84の安全性の根拠です。

💡

実用システムでは『デコイ状態』も使われる

実際のQKD装置では、理想的な単一光子源の代わりに減衰させたレーザー光を使うことが多く、まれに1パルスに複数の光子が紛れ込むことがあります。これを悪用する盗聴(光子数分割攻撃)を防ぐため、実用システムの多くは意図的に強度の違う「おとり(デコイ)」パルスを混ぜて送る「デコイ状態プロトコル」を採用しています。

QKDと耐量子暗号(PQC)はどう違うのか

「量子コンピュータ時代の暗号対策」として、QKDとあわせてよく名前が挙がるのが「耐量子暗号(PQC)」です。この2つは目的は似ていますが、しくみはまったく別物です。

🔐

量子鍵配送(QKD)

  • 光子を使った専用のハードウェア(QKD装置)が必要
  • 安全性は量子力学の物理法則そのものに基づく
  • 伝送距離に物理的な制約がある(詳しくは後述)
  • 既存の通信インフラに加えて専用回線・装置の敷設が必要
VS
🧮

耐量子暗号(PQC)

  • ソフトウェアだけで実装でき、既存の通信インフラがそのまま使える
  • 安全性は『量子コンピュータでも解くのが難しい数学の問題』に基づく
  • 距離の制約がなく、今のインターネットにそのまま組み込める
  • 既存の暗号ライブラリのアップデートで移行できる
⚠️

どちらか一方が『正解』というわけではない

QKDは物理法則に基づく強力な安全性を持ちますが、専用のハードウェアや距離の制約という実用面のハードルがあります。一方PQCは導入しやすい反面、あくまで数学的な計算の困難さに頼っているため、将来新しいアルゴリズムが発見されるリスクがゼロとは言い切れません。米国NIST(米国立標準技術研究所)は2024年にPQCの標準規格を正式発表しており、多くの国・企業ではまずPQCへの移行が優先されています。QKDは、政府機関や金融機関など特に高いセキュリティが求められる特定の区間で、PQCと併用する形で導入が進むケースが中心です。

世界の実用化事例

QKDは研究段階を終えて、すでにいくつもの実用・商用ネットワークで使われ始めています。

📜

1984年

BB84プロトコルが考案された年

🛰️

2017年

中国の衛星「墨子号(Micius)」が北京・ウィーン間で大陸間QKDビデオ通話を実証

🇯🇵

30Tbps超

東芝が2025年に実証した、大容量データとQKD鍵の多重伝送速度

  • 東芝:QKD装置の実用化で世界をリードする企業の一つです。2025年には、大容量データ通信とQKDの鍵配送を同一の光ファイバー上で30Tbps超の速度で多重化することに成功したと発表しました。同年12月には米国企業Quantum Corridorと共同で、商用の都市間光ファイバー網を使ったクロスステート(州をまたぐ)QKDの実証にも成功しています。
  • 中国:2016年に打ち上げた量子科学実験衛星「墨子号(Micius)」を使い、衛星経由のQKDや大陸を超えた量子暗号通信を実証してきました。地上でも北京・上海間などを結ぶ大規模な量子暗号バックボーン網の整備が進められています。
  • その他の国:ヨーロッパではQuantum Internet Allianceを中心に量子ネットワークの実証が、日本ではNICT(情報通信研究機構)が中心となり光ファイバー網でのQKD実証実験が進められています(詳しくは量子通信・量子インターネットとは?を参照)。

限界:距離とコストの壁

QKDには、実用化を難しくしている技術的な壁が主に2つあります。

1つ目は距離の制約です。 光子は光ファイバーを通るあいだに少しずつ失われていくため、地上の光ファイバーによるQKDは、一般に100〜200km程度が実用的な限界とされています。今の光通信のように信号を「増幅」して伝送距離を伸ばすことができません。なぜなら量子ビットは複製できないからです(量子複製不可能定理)。これを解決する「量子中継器」の実用化にはまだ時間がかかると見られており、衛星を使った自由空間でのQKDが長距離化の有力な選択肢の一つとなっています。

2つ目はコストです。 QKD装置は光子を精密に検出・制御する専用のハードウェアが必要で、既存の通信機器に比べて高価です。また、既存の光ファイバー網に組み込むには専用の波長帯域の確保や機器の追加投資が必要になることも多く、導入コストの高さが普及の壁になっています。

🌱

ポイント

QKDは「今すぐ全世界の通信をQKDに置き換える」技術ではなく、政府・金融・重要インフラなど特に高いセキュリティが求められる限られた区間から、PQCと組み合わせながら段階的に導入が進んでいく技術だとイメージすると理解しやすいです。

まとめ

  • 量子鍵配送(QKD)は、光子の量子力学的な性質を使い、盗聴されたら必ず気づける形で暗号の鍵を共有する技術
  • 代表的なBB84プロトコルは、ランダムな基底での符号化・測定・照合・誤り率チェックというステップで鍵を確定する
  • QKDと耐量子暗号(PQC)は目的は似ているが仕組みは別物で、多くの国・企業はまずPQCへの移行を優先し、QKDは特定区間での併用が中心
  • 東芝や中国の「墨子号」などで実用化・実証が進む一方、伝送距離とコストという2つの壁が普及のハードルになっている

もう少し詳しく(背景)

BB84プロトコルの安全性は、量子複製不可能定理(no-cloning theorem)1という量子力学の基本ルールに支えられています。盗聴者が光子の状態をこっそり複製して、後からゆっくり解析する、という攻撃が原理的に不可能なのです。もう一つの代表的なQKD方式であるE91プロトコルは、量子もつれを使った相関関係を利用する点でBB84とは異なるアプローチを取りますが、「盗聴があれば検知できる」という結論は共通しています2

実用システムでは、理想的な単一光子源の代わりに減衰レーザーを使うことが一般的なため、光子数分割攻撃などの現実的な脅威に対応する「デコイ状態プロトコル」の実装が標準的になっています3。QKDの安全性はあくまで「鍵の共有プロセス」に対するものであり、共有した鍵を使った暗号化・復号処理自体の実装や、通信機器のソフトウェアの脆弱性まで守るものではない点にも注意が必要です。

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参考資料・出典

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執筆:ゆるふわ量子編集部 最終更新日:2026年8月28日

Footnotes

  1. 量子力学には「未知の量子状態を完璧に複製することはできない」というルールがある。これにより、盗聴者が量子状態をこっそりコピーして知らん顔をする、という攻撃ができなくなる。

  2. Artur Ekertが1991年に提案した方式。量子もつれ状態にある光子ペアを2地点で測定し、その相関関係を利用して鍵を共有する。盗聴があると相関が崩れるため検知できる。

  3. 実用的なQKD装置の多くが採用する手法。強度の異なる「おとり」のパルスを混ぜて送ることで、複数光子を悪用する盗聴(光子数分割攻撃)を検出しやすくする。

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